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    当院に来院される方にはお子様連れが多いのです。 特に掴まり立ち前の赤ちゃんの足は“ぷよぷよっ”としていて、とっても可愛いですね。 そんな可愛い赤ちゃんたちの「あんよ」の写真集です。

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    日本健康武道協会代表  健康武道 健進会 師範です。

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回想録

院長日誌 669 [カイロベッド]

思えば15年、葛西の駅前に開業して今までやってきました。
当初開業資金600万円を借りて、様々な手配を全部やって、昼食が食べられないくらいノンストップの忙しさを味わった時期もありました。
おかげで600万円の借金は完済しました。

そんな私の片腕となったのは言うまでもなくカイロベッドです。
一般的にカイロベッドは結構高いのです。
もちろん安いのを使っている治療家もいるでしょうが、私が使っているロイドのギャラクシーハイロ―というアメリカ製の機種は新品だと300万円します。
まぁ当時中古で買ったのですがそれでもいい値段はしました。
15年、大きな故障は全くなく、代理店担当者からも「すごくきれいに使っていただいていますね」とお墨付きをもらうほど。
しかしさすがに製造から20年経つとアフターサービスはできないとのことです。

そんな私のカイロベッドがとうとう28日に旅立つことになりました。
今回移転するにあたって新しい軽量のベッドを導入するため、この130㎏あるベッドの嫁入り先を募っていたのです。
運送業者も何軒か断られました。
何せ大人2名でようやく持てるくらいの特殊なベッド。
なかなか請け負ってくれる所がなく、1社は20万超という見積もり。高すぎです(笑)
そんな中、ようやく納得のいく料金で運んでくれる所が見つかりました。(もちろん費用は譲り先持ちです)

行き先は長崎になりました。

そう、長崎で新規開業を準備している方にお譲りすることになったのです。
このカイロベッドのおかげで今の私がいるようなもの。
そしてまた新たな地で人々の人生をサポートしてくれるはず。
そう思うと、なんだか感慨深いものを感じるんですね。
物は大事にする。
そして受け継いでいく・・・。
自分はどんどん歳とっていくんですけどね(爆)

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院長日誌 645 [震災から5年、この国に未来はあるのか?]

3月11日、東日本大震災からちょうど5年です。

私なりに回想と問題提起をしたいと思います。

大震災と言えばまず、1995年に阪神淡路がありました。
この時、実は私は日本にいなくて、イタリア・ヴェニスに向かう列車の中で乗客が読む新聞の1面を覗き見て初めて知ったのでした。
高速道路が倒れて家々が倒壊している写真を見て、驚き、心配になり、そしてもう日本に帰れないのかもしれないと感じた瞬間でした。
まだ何が起こったのかよくは分かりませんでしたが、ヴェニスの街では立ち話をしているイタリア人たちが皆、日本の地震を話題にしているのがわかりました。
イタリアも火山の噴火で街が埋没している国です。
自然災害については敏感なのでしょう。

2013年の東日本大震災の時は、葛西で仕事をしている最中でした。
たまたま患者さんがいらっしゃらないタイミングで揺れましたが、大きく長い揺れの後ビルから人々が外に出て様子をうかがっていました。
すぐにテレビを付けましたが、その後の津波の被害までは到底想像もつきませんでした。

本当に多くの方々が犠牲となり、その悲しみ、損害は計り知れないものです。
物的な損害も去ることながら、心のいたみも深刻であると思います。
その影響は今でも続いています。

福島原発の事故も、予想をはるかに超える災害だから防ぎようがなかったという単純な話ではなく、もっと被害を小さくすることができたとする、いわば人災としての要素が後々になって次から次へと出てきます。
台風、地震、火山などなど、こんなに自然の脅威に晒されている日本において原発に依存しようとする意図が、やはり私には理解できません。

震災後1年ほど経った頃でしょうか。
福島出身の方が治療においでになったことがあります。
地震で停電になり、様子を見ていたら翌日急に避難命令が出て、詳細は知らされずにじきに戻れるものと思って何も持たずに避難したら、そのまま家には帰れなくなってしまった、と。
たまたま娘さんが東京に住んでいたので、身を寄せることができたけれども、家がどうなっているのか今でも不安とおっしゃっていました。

私の知り合いでも放射能の影響を恐れて移住した人がいます。
実家が壊れてしまった人。
お知り合いが亡くなった人。

あまりにも多くの人々の心と体と経済状態に大きな影を残し、そしてそれは今でも続いている・・・。

それでもなお政府は原発推進をしようとしている。
さらに戦争をできる国にしようともしている。

国会議員、閣僚たちはかくも人の心の痛みを理解できない人間なのかと、嘆かわしく思います。
それは日本の未来を示唆しているのかもしれません。

便利な生活にはある程度の発展は必要なのでしょうが、自然と共生できない人間はいずれ淘汰される宿命なのではないでしょうか。
何せ人間だって自然のいち創造物なのですから。

とは言え、人間の性というか特性というか・・・
争い、戦い、滅び、を繰り返しているのがホモサピエンスの歴史なのですから、これは避けられないのかもしれません。
それがすぐそこに来ることになるのか、それとも数年後、数十年後なのか、もっと先なのか、はわかりませんが、私たちはそんな歴史の一場面に遭遇し、翻弄されながらもそれを次代へとつないでいくのでしょう。

できれば日本はおろか地球が壊滅的になるような事態は、避けたいところです。

2013年の東日本大震災から早5年。
私たちはその自然災害からの学びをどれだけ活かせるのか。
その学びと、学びを活かす努力はこれから先もずっと続けていかなくてはならない、と感じます。

被災された多くの方々に暖かな陽が射し続けますように・・・。

そして持ち続けたい「希望」とたくさん「喜び」がやってきますように・・・この歌を。

『希望と喜び』 諸国安堵(あきもと おさむ & いりかわ すすむ)
詞&曲 いりかわ すすむ


『戦わないという選択』

日本は今大変な局面に立っている。
そのことについて、私は敢えて書かないようにしようと思っていたが、これほどまでに急激な変化をさせようとする政治の在り方に、やはり大き過ぎる疑問を抱き書くことにした。

およそ30年ほど前、私は軍事評論などをしている人と関わりがあり、いろいろな話しを聞いたり情報をもらったりしていた。
その人物は当時「いずれは有事になり徴兵もおこなわれるだろう」と私に話した。
私は周囲の知り合いに、将来の日本の危うい方向性を投げかけたことがあるが、みな口々に「そんなことはあるわけない」という反応だった。

30年近く経った今、まさに当時話していたことが現実になろうとしている。

政府、安部首相の論点は曖昧で、何とかはぐらかそうとしている意図が見え見えだ。
その裏に反発しようのない大きな力が計られているのだと推測できるが、それでもなお有事にまっしぐらとなる法解釈には、私は到底納得できない。

憲法を変えるのが先だという学者連中もいるが、では憲法を仮に変えたなら有事OKということで理解するのだろうか。
そもそもほんの20年前だったら憲法を変える議論すらナンセンスだったはずだ。
時代の流れとか、世界の情勢とかうそぶくが、誰かの策略に乗っかっていくのが日本人なのか?
日本が世界の中で重要な役割を果たすなどと自負するのなら、日本独自の平和希求の在り方を世界に発信するべきではないのか?
グローバルなどという一見カッコの良い言葉に、日本人の魂を売ってしまったのか?

私は武道を教えているから、いわゆる戦闘術を教える中で、「この技術を使わなくて済むことが一番大切だ!」と説いている。
それが武道の本質で、もとを正せば日本人の日本人たる所以であると信じている。
だからその精神論に外国人は、非常に興味を示し、日本の文化をすばらしいと称賛するのである。

法制に賛成している人は、近隣の脅威論をよく引き合いに出すが、力で制圧するのではなく、そういう気を起させないようにすることが外交の正しい手法なのではないだろうか。
それでもなお、ミサイルが領内に飛んでくるようなことがあっても、けっして動じず国際社会の声を待てばよいのだ。
非の無い所に攻撃すれば、世界から批判を浴び、孤立してしまうことが避けられないからだ。

万が一このまま、法制化、その先の憲法改正にまで行きつくとしたら、徴兵(名称はおそらく違うだろう)は必ずやってくる。
それは、日本の少子化の状況を鑑みれば、この先自衛隊員の数は確実に減少していき、人員確保のためには強制的な兵役義務を課す以外に方法は無いからである。
今、子育てをしている人、子供が10代、20代の人は、自分の子供たちが訓練を受け、場合によっては戦地に赴くことになることを理解しているだろうか。
それでいいのだろうか?
「日本万歳!!」と手を振って送りだせるのだろうか?

繰り返すがこの法制化は時代の流れや国際情勢の変化に対応するため、ではない。
煮詰まった産業を活性化させ、某国の強国時代を取り戻すための策略に流されてしまっているだけなのである。

もし国民の相当数が反対と唱えていてもなお、突き進んでしまうとすれば、政治を転覆させるしかない。
もし国民主権が守られないとすれば、また戦前戦中を繰り返すことになるだろう。

日本文化を守り、粛々と努力して受け継ぎ、語り継いできた日本人の美意識はどこに行ったのだろうか、と思う。
私は本物のアイデンティティーとはそういうものだと思うのだが・・・。

院長日誌 591 [震災から4年]

東日本大震災から早くも4年が経ちます。

当時私は整体院で仕事をしていて、たまたま患者さんがいらっしゃらない時間でした。
今までにない揺れにビルにいた人もほとんどが外に出て様子をうかがっている異様な光景。
院内に被害はなく、自宅の方が心配になって一度帰宅しました。
当然エレベーターは止まっているので、自宅のマンション11階に階段を駆け上がって確認しました。
自宅も被害はありませんでした。

多くの方が犠牲になられ、都内でも亡くなった方がいました。
計り知れない自然の威力と、それに向き合う人間の無力さとを思い知らされた時間でした。

未だ行方不明の方もたくさんおいでです。
ご家族の思いはどれだけのものかと思うと、心が痛みます。

思い返せば阪神淡路大震災の時、私はちょうど海外にいてイタリアに向かう列車の中で、乗客が読む新聞の1面に大きく報じられた街の姿に、愕然とした記憶があります。
日本は壊滅的で帰国も出来ないんじゃないか・・・。
しかし徐々に情報が入ってきて、神戸を中心に関西の被害が大変だったことがわかりました。
今、神戸はかなり復興して、また暮らしが戻ってきていると聞きます。
しかし人びとの心の中には深い傷があったり、忘れられない思いがあることでしょう。

人は常に自然と共にあります。
もっと大きくとらえれば、人も自然の一部であり、自然淘汰されることもあり得ると私は考えています。
文明は自然をもコントロールしているような錯覚を人びとに植え付けるわけですが、少なくとも自然の上に立つことは不可能。
何故なら自然は普遍的なものだからです。
だから自然に逆らって生きてはいけない。

地球上に住まう生物として、それをしっかり踏まえていかないと、いずれ大きな代償がきます。

震災は時間が経つとセピア色になりがちですが、心の中に忘れてはいけない出来事であり、それを教訓にして我々は歩んでいかなければならないのだと思います。

改めて、震災で犠牲になられた多くの方々に黙祷を捧げたいと思います。

剣道具一式 お譲りします

剣道具一式、使っていただける方にお譲りします。
子供が学生の頃一緒に稽古するつもりで一式揃えました。
しかし2回ほど短時間使っただけで、いつしか子供は社会人になり、使用しないまま仕舞っていました。
確認したところカビ等は一切なく、まだとてもきれいな状態です。
(小手の掌側に藍染の色移りが多少あります)
身長170㎝くらいに合うサイズです。
江戸川防具で購入した中庸ランクのもので購入時10万を少し超えたような記憶があります。
中学生や高校生のお子さんに、またご自身で鍛錬されている大人の方へ、是非使ってください。
剣道具用のバッグも傷みはなく新品同様です。

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↑2015年6月現在
 
 
すでにお譲り先が決まりました。





音楽愛好者協同組合の歌

諸国安堵ライヴセレクションから試聴版ご紹介の4曲目。

音楽は掛け値なしに人びとの心をつなげる。

そうありたいしそうあるべきだと思います。

だから音楽を愛する者は

ひとつの目標・目的に向かって

共に歩んでいるんだ、という歌。

高校生の頃につくった作品です。

「音楽愛好者協同組合の歌」

並木通りの春

諸国安堵ライヴセレクションから3曲目。

並木通りの色彩の変化は道行く人びとの心にも変化をもたらします。

特に冬から春への移り変わりは、何か期待感と希望、そんなものををふくらませてくれるのです。
そして笑顔も・・・。

実はこの作品は阿佐ヶ谷駅前の並木道をモチーフにしています。

「並木通りの春」

あの頃

「諸国安堵」音源ご紹介2曲目。

「あの頃」

未来への展望も勇気も、そしてみなぎるエネルギーも持ち合わせていた「あの頃」

「あの頃」があるから今がある。

生きることに器用になるのではなく、自然の流れに身を任せて変えられないものを素直に受け入れて、これからを歩んでいこう。

まとめて試聴はこちら

諸国安堵

「諸国安堵」は1986年に解散したフォーク&カントリーデュオである。

私とあきもとおさむ氏のふたりで歌とギター、バンジョーでライヴハウスを中心に活動していた。

解散ライヴの模様を編集し収録したCDをWEB販売しているのだが、試聴ができるようになっている。

これから数回に分けて、このブログで紹介していこうと思う。

言わば夏休み特別企画。

みんなが元気になりますように!!

院長日誌 546 [日本の行方]

さて、政治的なネタはあまり書かないようにしてきたのだが、私たちが住むこの国の未来がどういった方向に進むのか、とても気になるので記すことにした。

時の内閣は憲法9条論、集団的自衛権の解釈変更に向けて、とうとう一歩を踏み出してしまった。
私個人としては原発も集団的自衛権の行使も反対の立場なのだか、それについてはいろいろな立場、立ち位置でいろいろな考えがあろうと思う。
人それぞれの意見があるだろうから、議論を深めて可能な限り全体に近いコンセンサスを得て決定していくことは、今後の国の重要な方向性を定めていく上で避けてはならない手順だと思う。

ただ残念に思うのは、時々「日本はとんでもない国だ」と言っている人が日本人の中にいることだ。そういった類の発言には少々違和感を覚える。

何があっても我々は日本人である。
この国に国籍がある以上、日本人としての自覚を持たなければならない。
それがアイデンティティだ。
アイデンティティと言うとややもすると右寄りな捉え方をする向きもあるようだが、それは違う。

もうかれこれ20数年前、仲間とヨーロッパを旅していた時のことだ。
確かイタリアからパリに向けての列車内。
仲間の一人が車内のトイレに行き、ポーチを置いたまま座席に戻ってきてしまった。
すぐに気がついてトイレを探したが、すでにポーチはない。
ポーチには現金、カードからパスポートまで貴重品が全て入っていたのだ。
車掌にも伝え、パリに到着後私も付き添ってすぐに警察に被害届を出す。
(これがまたフランス人は英語が話せない人が多く、言葉が通じなくてとても苦労したのだが)
そして日本大使館へ。
パスポートを所持していないということは、どこの国籍かの証明がないということ。
たとえ日本語を流ちょうに話せても、日本の住所はどこで・・・と説明できたとしても、証明となるパスポートが無ければ信ずるに値しないのである。
本来ならここで、大使館は日本の外務省に該当する日本人がいるかどうか、そして確かに出国記録があるかどうかの照会をし、仮の日本への入国証の発行をする。
その結果を待つ間の1週間余り、大使館が指定するホテルに待機後、指定するフライトで強制的に日本に送還、入国審査でたぶんとても面倒な手続きを経ることになるのだ。
もちろんそれまでの費用は自腹だから、正規のホテルと航空機がとても高い事は容易に想像できるだろう。
しかし、この時はたまたま私の親戚でパリで非常に信頼される職についている人がいたので、連絡して大使館まで来てもらい、口添えをしてもらったところ驚くなかれ、仮パスポートでそのまま残り1カ月ほどの旅を続けることが出来たのだ。
これは奇跡的にレアケースだと思うが、つまり外務省発行のパスポートがいかに日本人を守っているかと言うことなのである。
外国であれば、もし警察に職務質問されてパスポートを不所持であれば連行は免れない。
あのパスポート1冊が守っているのだ。

日本のパスポートの信頼性は高く、海外での偽造パスポートの闇取引では高値なのではないか思う。
これも列車だが、スペインからポルトガルに向かう国境でパスポートコントロールに並んでいた前の家族。
明らかに日本のパスポートだ。
ところが明らかにアラブ人だ。
偽造パスポートなのだ。

私は30年近く前から「いずれ日本も徴兵制になる」といっていた。
何故なら身近に軍事評論をしていたブレーンがいたからで、いろいろな情報や社会の流れを見聞きするにつけその方向への不安をもっていた。
まわりは「そんなことにはならないでしょ」などと言っていたけれど、時代は輪廻するのである。
過去の失敗を未来永劫活かすほど、人間は残念ながら立派ではない。
そもそも愚かな存在なのではないだろうか。

武道の世界に長年たずさわっていて一番大切だと感じるのは戦わずして勝つ、あるいは戦わないことの勇気である。
不戦にはとてつもない勇気がいる。
攻撃をされても決して動じない心があれば、世界を見方にできる。
逆に反撃しない相手に一方的に攻撃を仕掛けたら、その国は国際社会から抹殺されるだろう。
剣術に長けた侍が実は普段、脇には木刀を差していたという話もある。
日本人はそうあるべきだと私は思っている。
それが日本人らしき文化を守り抜く唯一の方法だと考えている。

地球上で、日本は独特で独自の伝統と文化を育んできた。
他の国には見られないほどの精神性とその表現方法を、長い間培ってきたのである。
国際社会がどう変容しようとも、日本がそれを変えるべきではない。

すっかり長文になってしまった。
書こうと思えばまだまだ書けるのだが、読みづらい文章をご容赦いただきたい。

日本という国が、国の民が幸せに暮らせる存在で居続けられますように。

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