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師範日誌 143 [主席師範である私の経歴]

たぶん会員、指導員に対しても数名にしか話していないことかもしれない。
現会員には知らない人の方が多いと思う、武道家としての私の道筋・・・。

通算すると30年以上になる武道との関わりは、それこそいろいろなことがありました。

まず最初は小学校3年生からの剣道に始まります。
この時の自分の記憶と親からの話を合わせると、2年生の時に当時住んでいた京都の剣友会が警察署内にあり、入るにはどうしたら良いかひとりで聞きに行ったらしいです。
なぜ剣道に興味を持ったのか?
そこだけはどうしても思い出せないのですが、とにかく自力で警察署1階の受付カウンターに行って聞くと、「入会は3年生からだから3年生になったらおいで」と教えてくれました。
それで3年生になってもう1度訪ね、手続きを聞いて親に伝え、そして入会したのです。
警察内の剣道って結構厳しくて(何せ先生はみんな警察官だし)、素振り1000回とか掛かり稽古で先生から激突されて脳震盪寸前なんて日常茶飯事でしたね。
唯一、面を外した時の涼しい風と、給湯室にある冷水器の冷たい水をアルミのコップで飲めるのが楽しみでした(笑)
全国大会で東京に遠征するという話が1回出たのですが、それは直前に流れました。

その後、6年生の途中で東京に転居。
杉並区でしたが、道場の良さそうなところが見つからないまま、中学へ。
中学校は当然剣道部です。
京都で特訓していたこともあり、諸先輩方よりも強くて、2年生で部長に抜擢されました。
弱い部で試合も初戦敗退を繰り返していたのですが、未経験の後輩たちを特訓して1回戦勝利をおさめるまでにしました。

高校に入ると一旦は剣道部に所属したものの、音楽の方が魅力的過ぎて、1年経たずに退部してしまいました。

卒業後は音楽関係の学校に進んだのですが、そこで出会った人が大きな影響を与えてくれました。
音楽ディレクターでありながら、日本拳法の元チャンプで古武術の免許皆伝という方と関わることになったのです。
そこから空手を始めました。
18か19才だったでしょうか?
道場の設立にも関わり、修行を続けるうちに師範代をいただくことになりました。
音楽学校では先輩が作った空手部を継承して指導し、その後は公民館で指導を続けました。
世界で活躍するジャズピアニストや一線で活躍中のべーシスト、ドラマーなどミュージシャンは実は武道好きな人が多いのですが、ミット打ちにしても何にしても本気で真剣モードで取り組みます。
これ、当たり前のことなのですが怪我したら困るからと手を抜く人は誰もいない。
真剣で集中しているからこそ怪我はしないのですね。
恐れ多くも世界的に著名なミュージシャンを指導していて、こちらの方がすごく勉強になりました。
また、この頃は全自衛隊が主体となる徒手格闘技の連盟に道場が加盟し、館長が理事であった関係で審判のテストも受けることができ、合格後は試合では道場の選手の監督兼審判員の立場も経験しました。
自衛隊学校の教官とか連盟の大先輩方の中でとてつもない緊張感を感じながら、助かったのは幕の内弁当を出してもらえたこと。
とは言え、緊張で何を食べてるんだかわからないし、試合の合間を縫って素早くかきこむので、全くリラックスはしていないのですが・・・。

また、海外での演武、武道指導も経験しました。
外国人の方がより日本の文化に興味があるという、これも大変良い経験となりました。

30代になりカイロプラクティックの学校に入って改めて学び直すことになります。
そのため所属していた道場も連盟も退職をしました。
それまでも東洋医学の勉強や研究はしていたのですが、患者さんを診るにあたってより系統立てて学ぶ必要性を感じたからなのですが、その学内でも空手愛好部をつくってしまいました。
まぁ数名の興味ある生徒を集めて、新宿のスポーツセンターなんかで練習をしていたわけですね。

卒業後しばらくして開業して1年近く経ったころ、健康武道 健進会を立ち上げました。
そしてその後「日本健康武道協会 健進会」とし現在に至ります。

経歴というとずいぶん長くなってしまいますが、良く道場を開く者の経歴としては大会チャンピオンとか、全国大会なん位とか華々しいことを書いている人が多いのです。
私の場合は早くから教える側に立っていたため試合での優勝経験などはありませんが、教えることには自信を持っています。
特に当会のように「試合ではなく自らを高め、健康的な日常を過ごすために武道の哲学を活かす」「家族一緒にできる」というコンセプトを守っていくためには、丁寧に教えていくことがとても大事だと思っています。

長文になりましたが、自分にとっての今までの振り返りと、その礎に立った今後のモチベーション維持のために書いてみました。
(これでもかなりかいつまんでいます)
これは私自身の生き方ですが、コツコツとやっていけば何かにつながるという意味で、みなさまの人生の“何か”のお役に立てればと思います。

最後まで読んでいただいてありがとうございました。
これからもよろしくお願いします!!

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