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院長日誌 294 〔「どうも」の功罪〕

さて、今回は「日本語」の話である。

「どうも」という言葉がある。

時折母親が子供に対して、何かを貰ったら「どうも」って言うのよと教えているのを見かける。
本来は何かを貰ったら感謝の意を表すべきで、それは「ありがとう」とか「ありがとうございます」と伝えるべきである。

外出時に、ショッピングセンターの扉を押さえてもらったら「どうも」。
エレベーターでボタンを押してもらったら「どうも」。

「どうも」とは非常に曖昧な表現で、その真意はおそらく相手には伝わらないと思う。

日本語はとても難しい言語で、同じ言葉でも全く違う意味を表すものがあったり、いかようにも取れるような表現の仕方があったり・・・抜け道を作っておく文化だから政治も上手くいかない。

もちろん繊細な表現や多様な伝え方があることが日本語の美しさであり、言葉ひとつひとつに意味がある、いわゆる言霊という精神性を思えば、諸外国の言語にはない独自の文化と言っても過言ではないのだが・・・。

しかし、相手に対して伝えなければならない事柄があるとしたら、逃げ道を確保するのではなく曖昧にするのでもなく、はっきりと伝えることが必要である。

子供の頃から「ありがとう」や「すみません」「ごめんなさい」と言うことを教わらずに、「どうも」で済ませていたら大人になっても本意が伝わらない表現しか出来なくなる。

揺れ動く心の曖昧さを表現したり、そこはかとない日常の揺らぎを表したりという文化性も大切にしたいところだが、心を定めて思いをしっかり伝えることも大切なことなのだということを、私自身も意識しつつ伝えていきたいと思っている。

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